堕ちた フライマン
その男 誰もが羨むような
すばらしい腕をもったフライマンだった
川で湖で 大きな虹鱒をバシッバシッかけては
周りのフライマン達の羨望の眼差し一身にうけ
大型の虹鱒を 満足気にリリースしていた彼
彼が そんな彼が 変わってしまったのは一体いつの事だったろうか
彼は いつのまにか あまり釣りにでかけることもなくなっていた
夢中になっていたフライフィッシングだが 年にほんの数回 竿を振れば良い方になり
そんな日々が 何年も何年続いていた
ある年の初夏の頃
彼は年に数度だけ振る フライロッドを持ち
大型の虹鱒を何本もあげたことのある川原に立っていた
彼の好きだった 流れは 荒れに荒れ 魚は小型化し
そして 今の彼には もう 嘗てのように魚をかけることが できなくなっていた
彼は 退屈さ を感じていた
だが そんな時 かけ上がりの浅場に広がる 小さな波紋に彼は気づいた
ライズというには あまりにも小さく水面下で 何かが 動いたのだ
それを 彼の目は 見逃さなかった
静かに腰をおとすと そおーっと近づいて行く
熟練したフライマンである彼は 瞬時にして気づいたのである
それは 大型の魚が 水面下でイマージャーを喰っているのだ!ということに・・・・
移動した彼の目は はっきりと60オーバーの虹鱒を捉えていた
(ちなみに 彼はこの年 偏光グラスを新調したばかりである
そう 彼は ここ数年釣りに行けない憂さを 晴らすかのように道具だけは買いあさっていたのだ)
話を戻そう
虹鱒を確認した彼は 静かにフライをキャストした
すると あろうことか 彼のフライは 虹鱒より向こうに着水した?ではないか
彼は 熟練のフライマンである
こんな凡ミスなど するはずないのだが・・・・
スルスルと静かにラインを手繰る彼
毛鉤が ちょうど虹鱒の頭付近に来た時
彼は するどくラインを引いた
バッシュー
ギュイーーーン モーター音を響かせ 吐き出されるライン
瞬く間にバッキングまでいく これが
虹のロケットランだ と言わんばかりに・・・
十数分後 あがってきた虹鱒は 70センチ近くある大型で
この場所での彼の自己記録だった
だが しかし虹鱒は 毛鉤をくわえておらず頭部付近に刺さっている
彼は 苦笑しながら毛鉤をはずすと そっと虹鱒をリリースした
初夏らしからぬ どんよりとした空が広がる午後のことだった
空を見上げながら彼は
誰に言うわけでもなく一人つぶやく
「ああ 今年も もうすぐラウスだなあ」と
つづく
挿絵として
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